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詳しい職歴⑥ 着物ECサイト運営時代

着物イメージ

From Adobe stock


発達障害としては初めての偉業(10年も勤続)を成し遂げた僕は汚点はあったが相対的な満足感と達成感に満ち溢れていた。

そんな折、思わぬ吉報が舞い降りるのである。それは「実家業を手伝わないか?」と父兄から誘いを受けたのだ。父と兄は県内の観光地で着物販売の店舗をしていたのだ。そこで最近、浸透し出したネットショッピング=Eコマースを店舗でもやろうと考えているということだ。そのECサイト運営に次男の僕もやってみないか?と打診された。僕は二つ返事で引き受けた

実家業の着物は新品ではなく仕立て上がり着物の中古品(洋服でいうと古着)を扱うが限りなく状態のよい着物(車に例えるなら新古車)のみを扱う上質な着物だった。ほぼ女性着物のみの取り扱いでターゲット層は50代~60代のミドル層。僕は着物など一切分からず、基本的な事から学び出した。着物の素材「正絹(しょうけん)、化繊(かせん)」、種類「訪問着、付け下げ、色無地、小紋、紬・・・など」、サイズ表「身丈、裄、袖丈、袖幅、前幅・・・」、帯の種類「袋帯、名古屋帯、半幅帯、角帯・・・」、帯揚げ「礼装用、ちりめん、綸子、絞り・・・」、帯締め「平組 、 丸組・・・」、あとは襦袢(着物の下に着る肌着)や草履、バッグ・・・

兎に角覚える事がいっぱい。それにTPOに合わせた着物の選び方や、帯そのほか小物のコーディネート(スーツでいうとワイシャツやネクタイ、ピンや靴、カバンなどのコーディネート、これが一番重要)を頭に叩き込んでいくのだ。

さらに厄介なのが着物や帯の柄「吉祥文様、有職文様、正倉院文様、王朝文様・・・」、文様「絣、鮫、行儀、市松(市松模様は鬼滅の刃の主人公、竈門炭治郎が着ている緑と黒の四角の羽織の模様。ちなみに市松の意味は「その柄が途切れることなく続いて行く ことから、繁栄の意味が込められている」)・・・」などが無数とあり代表的なものは頭に入れておかないといけない。まず覚えようと思っても全て難しいしECサイト運営だけやっていても覚えられないので、まずは店頭で親父や兄の接客を見ながら少しづつ覚えていった。

それと並行して兄と二人三脚で店舗用のECサイトを独自ドメインサイトで立ち上げ、ヤフーショッピングなども並行して立ち上げた。店舗が忙しいときは店頭販売を手伝い、暇なときはECサイト運営をするというスタンスを取りながら、店舗2階(店舗と言ってもボロい民家を改装したもの)の1室に撮影機材を購入し大型ホワイトシートで簡易撮影室を作りそこで商品写真を撮るのだ。

1つの着物でカメラの露出を3段階に変えたものを10~11枚のショット=計30枚程とり、そこから手ブレのショットを省き1ショット1枚に絞り込みPCで画像処理をしていく。根気のいる作業だ。だが画像処理はやりだすとのめり込み時間はあっという間が過ぎていた。実は兄は高校卒業後カメラマンを目指しニューヨークに修行に行った経験がありカメラの事は詳しかった。そして画像処理については僕もCGの専門学校でかじっていたので大体のやり方は把握していた。そんな状況でかなりクウォリティの高い商品写真が出来ていた。

そして一番苦労したのが、マネキンに着物を着せて着用イメージを取るショットと、平面に着物を置き、帯や帯締め、草履などを置いて撮る着物のコーディネート写真。このマネキンショットとコーディネート写真がないとECサイト自体や商品が「映えない」のだ。いまでいう「インスタ映え」のようなものだろうか。もともと自閉スペクトラム症(ASD)持ちの超こだわるタイプの兄と自閉スペクトラム症(ASD)+注意欠如・多動症(ADHD)持ちの僕、発達障害を持つ兄弟が協力するので「こだわらないわけがない」。

半端ないこだわりが商品写真にいかんなく反映され、商品画像の質やイメージ画像のクウォリティが他の着物ECサイトを凌駕していた。そんなで「商品への自信」と「サイトへの自信」からネットで売り出しを開始すれば「簡単に売れるだろう」とたかをくくっていたのだ。

・・・しかし現実はそんなに甘くなかった。

出品しても「全く売れないのだ・・・」アクセス解析をすると「流入(他サイトから入ってくる人や検索する人)はそこそこ多いのに「なぜか売れない」。何でだろうと頭を抱えだしてしまった僕。「クウォリティが低いのだろうか?商品が悪いのだろうか?」・・・

かなり後になって分かった事だが「仕立て上がり着物は商材自体が特殊で、ネット販売するには不向きな商材であった」為だ。

それが分かるまでかなりの歳月と苦労を強いられるのだが・・・洋服もそうだがネットショップで商品を見ていきなり買うのはユニクロのように「当たり前のように大量に存在し」、「サイズ感も明確」で、「過去に着用したもの」であればネットでは売れるが、着物=ましてや仕立て上がりの中古着物は一点物でその真逆の商品であったのだ。

身丈、裄、前幅、袖幅が着物によって全く違う。その為、消費者は「この商品のサイズは僕の体形に合うのだろうか?」「この絶妙な色は僕の顔に合うのだろうか?」と皆思ってしまう。それはそうだ自分が買う立場にたったら、サイズ感も色合いや柄も似合うかも分からず「いいなーよし!買っちゃえ~♪」ポチッと数万円~十数万円する洋服をネットで買わないだろう(笑)。

買うのはよほどのおバカさんさんか着物を普段から着こなしサイズもイメージも把握している一部の玄人くらいだ。僕たちはネットで「おバカさん」か「一握りの玄人」相手に商売しようとしていたのだ・・・恐ろしい。いくら返品できるとしても普通の人は二の足を踏むだろう。なんと浅はかな考えであったか・・・そのことは同時に家族も分かったようだ。(まあ、実際には仕立て上がり着物よりも既製品と同じ長さや大きさの帯の方がネットではよく売れたのはその為であろう)

このころにはECサイト運営も思うようにいかない事もあり、僕も「焦り」を感じ始め自暴自棄となっていた。

店内では注意欠如・多動症(ADHD)(おそらく)の父と自閉スペクトラム症(ASD)の兄と注意欠如・多動症(ADHD)+自閉スペクトラム症(ASD)の僕の3者の怒鳴り合いのケンカが絶えなくなっていた。
親父は注意欠如・多動症(ADHD)特有の「カッなりやすいタイプ」、兄は自閉スペクトラム症(ASD)特有の「超こだわりがあり」、僕はその両方を兼ね備えていた為、3人がケンカする際には酷い時はまるでヤ〇ザの事務所にいるようなものだった。

怒鳴り声が店の外まで漏れて通りすがりの観光客も隣のお店の店主のお姉ちゃんも驚いている(笑)。 (また家族商売は家族であるという心情が影響して感情的になりやすい) このままではいけないと思いつつも発達障害 当事者同士はどうしたらよいか分からないのだ。

そこで落ち着きを取り戻した頃に僕たちは「ある方向転換」をした。「ネットで売る」のではなく「ネットでお客様を惹きつけて店に来てもらい購入につなげてもらう」というECサイト自体を来店目的型広告型にするという事だ。

そうすると功を奏してか少しづつ店に「ネットショップを見たのですが・・・とても商品が素敵で実際見に行きたいのですが・・・」という電話が鳴り始めるようになる。そして狙った通りネットを見て店舗に来店するお客様も増えていった。また平行して少しづつではあるがネットでも遠方(関西や関東メイン。北海道、東北、九州地方、沖縄はなぜか殆ど注文がない)から注文が入り始めたのだ。

僕たちの商売は間違っておらず、ただ商売の「やり方」が間違っていただけだったのだ

おかげで家族間でのケンカも少しづつ減っていきECサイトの効果が出だし店舗売上も上がっていったのだ。
しかしそんな状況も何年もは続かなかったのである。それはある理由で・・・

その理由とは「不景気の煽り」である。

店舗は僕が入るころには既に出店から10年以上が過ぎていた、呉服業界がそもそも「衰退業界」なのだ。着物はとうの昔に日常着ではなく着る人も限られる。いまでは趣向性があり「お茶などを嗜む一部の人以外は趣味で着るもの」なのだ。着物市場は市場全体を合わせてもユニクロ1社の売り上げに到底かなわない業界なのだ。要は少ないパイを皆で奪い合う争奪戦である。如何にうちのように付加価値(コーディネートや良いものをできるだけ安く)をつけて売ろうとも、そのパイ自体がなく限界なのだ。携帯で例えるならスマホ時代に一生懸命ガラケーを売るようなものだ。そういった背景から京都や全国各地で高い技術を持つ着物や帯、草履をはじめとした和装職人はどんどん少なくなり日本の伝統産業である「着物」自体が途絶えはじめている。

1000年以上続いてきた日本の重要文化財を継承できる人がこの国には殆どいない。大量生産,大量消費の弊害が自分の仕事にも影響を及ぼすことになるとは。着物は何度も洗い、着直し、作り直せる。原料は蚕の繭からなのでCO2エネルギーを一切出さず、環境にも優しい。そして職人の技が必要なので技術や人材の継承にもなる、さらに絹なので肌にも優しく愛着も湧く。

環境破壊も温暖化も同様、人間は自らの星を汚し、自らの価値を下げ、自らの欲望のままに生き、この星を今まさに再生不可能なまで破壊しようとしている。そして最後にはその好き勝手してきたツケが自分たちに跳ね返ってくる。なんと愚かな生き物だろう。嘆かわしいことだ・・・

そんな状況の中、家業の店舗も例外ではなくその煽りをもろに受けているのである。着物産業の衰退は生産者だけではなく販売者もとうぜん煽りを受けるのだ。いまはまだ何とかやっていけているが、このままでは家業もジリ貧となっていく事は明白であった。そんな状況の中、家族会議が開かれ今後どうするかが議論された。真っ先に僕は「辞める」事を申し出た。

理由は「ECサイトで既に僕1人分の給料分の売り上げも出せていない」事と「勤め生活は前までやっていた為いつでも復帰できる」事だ。このままでは実家業の店が潰れかねない...以上の理由から僕は酸いも甘いも経験した3~4年間の家業を辞めることを決意するのだった。