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【第3話】精神科のドアを叩く。支援員さんとの長い電話

電話をかけるイメージ

From Adobe stock


「大人の発達障害」という言葉を知り、僕の「生きづらさ」の正体がこれかもしれない、と確信に近いものを感じていた。しかし、そこから次の一歩を踏み出すまでには、想像以上に時間がかかった。

「精神科」という響きが、とにかく怖かったのだ。

ネットで見つけた最寄りの精神科の電話番号を、スマホの画面に表示させては閉じ、表示させては閉じ、を繰り返す日々。

・毎回の夫婦喧嘩のパターンの原因もわからない。
・仕事も毎回同じようなパターンで辞めている。
・このまま引きこもっていても妻に迷惑をかけてしまう。

そんな葛藤の末、ついに僕が受話器を握りしめたのは、その最大の原因がもしかしたら自分自身の中の何かにあるのかもしれない、と認めざるを得なくなった時だった。

「もう、こんな人生は嫌だ」

プルルル、プルルル…。コール音だけが、やけに大きく部屋に響く。心臓が、口から飛び出しそうだった。


「はい、〇〇クリニックです」

電話に出たのは、落ち着いた女性の声だった。僕が「あの、大人の発達障害のことで…」と、か細い声で切り出すと、彼女は「はい、大丈夫ですよ。ゆっくりお話しください」と、優しく応じてくれた。

彼女は、後に僕の担当となる「支援員」の方だった。
僕は、これまでの人生を、ぽつり、ぽつりと語り始めた。

15回以上繰り返した転職のこと。
どの職場でもうまくいかなかったこと。
妻をカサンドラ症候群にしてしまったこと…。

誰にも言えなかった、心の奥底に溜まった澱(おり)のような感情を、ただひたすらに吐き出した。

普通なら、引かれてもおかしくない話だ。でも、彼女は一度も僕の話を遮ることなく、相槌を打ちながら、静かに聞いてくれた。

そして、こう言ったのだ。

きのやんさん、今まで、本当に大変でしたね。お辛かったでしょう

その一言に、僕の涙腺は崩壊した。電話口で、僕は子供のように声を上げて泣いた。他人にこの苦しみを肯定してもらえたのは、生まれて初めてのことだったかもしれない。


長い電話と、見えた希望

僕のこれまでの経歴や苦労が、あまりにも多岐にわたることを察した支援員さんは、「電話代もかかりますから、一度こちらからおかけ直ししますね」と、信じられないような提案をしてくれた。

その言葉に甘え、僕たちは1時間以上も話し込んだ。彼女は僕のめちゃくちゃな話を、一つ一つ丁寧に整理し、僕が何に困っているのかを明確にしてくれた。

そして、初診の予約を取ってくれた。

電話を切った後、僕はしばらく呆然としていた。しかし、心の中には、ひきこもりになってから一度も感じたことのない、温かい感情が芽生えていることに気づいた。

それは、「希望」だった。

まだ何も解決していない。でも、初めて、僕の人生に光が差したような気がしたのだ。


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